自己紹介
時折お会いした方から、
「どうして、三宅さんは
あん摩・マッサージ・指圧師に
なろうと思ったんですか?」と
聞かれることがあります。
「どうして口の中や、
歯の事にあんなに詳しいんですか?」
まぁ確かに他の同業者とは違った
経歴だと思います。
そこで少し長めの自己紹介を書いてみます。
私は子供の頃「人前で話す事」と
「人に触れる事」が苦手でした。
生まれもっての引っ込み思案な性格と、
祖父が長い間糖尿病で入退院を繰り返す
状態でしたので、ちょっと体に触れた事で
皮膚が内出血するのを見てきたので、
人の体に触れることに臆病な性格が
出来上がってしまいました。
ご説明するまでもなく
あん摩・マッサージ・指圧師を生業として
選んではいけません。
小学校から帰宅すると、いつも道路に
一番近い部屋のガラス越しにミシンを
使っている祖母の姿がありました。
家に着くなり、
祖母にその日にあった事などを話すと、
いつもニコニコ笑顔でうなずいて
話を聞いてくれました。
祖母は長年
内職でミシンを使っていたので、
物心ついた時には
背中が丸まっていました。
時折
肩や背中を押してあげると、
「最高のニコニコ笑顔」で、いっぱい
褒めてくれました。
これが
私のマッサージ師としての原点です。
中学生になり部活を選ぶとき、
私は野球部に入りたかったのですが、
小学校のときに私が体が弱かったのを
姉が心配して
「あんたは剣道部に入りや!
野球部に入っても
ついていけるわけがない!
うちの中学の剣道部は
楽じゃけえ、もう剣道部の主将にも
〈弟をよろしく!〉って伝えて
あるしな!」などと半ば無理矢理に
剣道部に入部させられました。
今になって思えば、これが人生の
最初の転機だったと思います。
もしも、
この時の姉の一言がなければ全く
別の人生を歩んでいただろうかと、
今になれば思います。
剣道部の入部は無理やりだったものの、
いざ入部してみると剣道にはまり(笑)
寝ても覚めても頭の中は剣道一色で(笑)
中学2年の時、
地区で3位になったこともあります。
中学3年の夏、
部活動はなくなる訳ですが、
頭の中は剣道一色のままでしたから、
物置にしている住んでいない方の家の
一室で、素振りをすることにしました。
でも、
天井に木刀が当たったため、
畳を上げ、床下の木もノコギリで
切り落とし、床下に新たに
フローリング状の板を張り、
そこで1日
数千回の素振りをすることを日課にしました。
中学を卒業して、進学した高校には
剣道部があったのですが、
あまり稽古をせず、
顧問の先生に隠れてタバコを吸っている
部員が多くいたので昇段して直ぐに
剣道部を辞めました。
「一人で稽古した方がよっぽどマシ…」
そんな気持ちで
1人稽古を始める事にしました。
ただ、
高校生にもなると素振りに飽きてしまい、
山から木を切ってきて自宅横に穴を掘り
1メートル以上埋め、
地上に1.8メートル程
出ている立木を立てました。
高校卒業まで
雨が降っても雪が降っても、
上はランニング一枚で自宅そばの河原で、
ひたすら毎日立木打ちをしていました。
最初は3000回から始めた立木打ちも
徐々に回数を増やし、
日課を1万1000回にまで増やし、
剣道をしたい気持ちを鎮めていました。
そんな時期、たまたま読んだ剣道雑誌で
当時警察庁の師範をされていた
小川忠太郎先生の記事が
載っているのを見ました。
読めば山岡鉄舟や勝海舟らが
発起人となり創った、社会人を対象にした
禅堂場の境内の中の剣道場にて、
小野派一刀流、直心影流などの古流剣術の
稽古と剣道の稽古
(竹刀は日本刀の同じ長さの3尺2寸)
そして禅の修行をされているとのこと。
すぐに小川先生の道場に、
「夏休みの間、稽古をさせていただけ
ないか」と手紙を書きました。
そうすると手紙を書いた翌々日に、
私の自宅に小川忠太郎先生の高弟の
長野先生よりお電話を頂きました。
「明日から一週間、剣道の稽古と毎日
深夜までの禅の修行ができると
いうなら、来ても良い」との事。
それならばという事で直ぐに荷物を
まとめ、
千葉の道場に行くことにしました。
早朝からの剣道の稽古と
深夜までの坐禅の修行が1週間続き、
やり終えた後に
高弟の方から
「道場が出来て32年間で、
剣道と坐禅の
両方脱落せずにやりきったのは君が
初めてだよ。
禅の方だけでも夜逃げする大学生が
いるけども…」と言われたのが
嬉しくて嬉しくて…。
それから頻繁に岡山から千葉にある
小川先生の道場に行きました。
土曜日、高校から帰ると、
夜行列車に乗って…。
今思えば
相当無茶な事をしていたと思います。
そして、そこの道場で初めて
カイロプラクティック(脊椎矯正)を
している方との出会いがありました。
その方とはあまり会話をした訳では
ないのですが、体の調整に興味をもつ
キッカケになったのは確かです。
そういえばもう一つ
民間療法に興味を持つきっかけがありました。
高校3年の時、
テレビのニュースを見ていた時の事です。
「大阪で粉ミルクを使い、
癌患者に断食療法をさせていた男が
逮捕されました。
男は多数の本を書いており、
全国からは多くの患者が集まっていましたが、
中には死亡した人などもいて
警察は詳しく実態を調べる方針です。」
そのニュースを聞いて
「粉ミルクを飲んで癌が治ると思う
大人ってどんな大人なんだろう?
こんなのに騙されるなんて、
何でなんだろう。
本も出ているらしいから、
どんな理屈で騙したのか一回読んでみ
たいなぁ。」
そう思い高校の帰り道、
本屋に行きました。
田舎の小さな本屋の
民間療法コーナーに偶然にも
前日のニュースで逮捕された人物の本が
ありました。
「チョット立ち読みだけ…。」
そんなつもりでパラパラと本を
めくったのですが、
書いてある内容に引き込まれました。
断食とは何百年も前からヨガ行者たちが
健康維持の為に行っている
伝統のある健康法であること。
断食により取り込まれる栄養素が減ると
内臓は消化吸収をしなくてよいため、
内臓を休ませることができ、
自然治癒力が活性化する。
それにより、病気の治癒が促される。
水だけの断食なら内臓に対する
負担も大きいが、
粉ミルクは当然ながら、
赤ん坊が飲んでも大丈夫なほど
刺激の少ないもので
必須栄養素、乳酸菌なども含まれているため
水だけの断食よりも体に負担が少なく、
腸内の宿便なども一掃できるため
癌患者だけでなく、
一般人においても
健康法として有効である、
といった内容でした。
癌が治癒する、という部分を除いては、
最近流行りのデトックスに近い説明が
なされていたように思います。
今思い返してみると説明に
違和感を感じる部分もありますが、
高校生当時の私には
「なるほど、これなら末期癌の人が
藁をもすがる思いで頼るのは分かるなぁ。
末期癌の人が集まっていたというなら、
効果の現る前に亡くなる人も
いたかもしれないなぁ」と思いました。
そしてこの3年後、
故郷の岡山から大阪に出てきてしばらくして
松下電気(現Panasonic)の産業医の
MI医師と
箕面の勝尾寺の講習会で知り合いになり、
事務所や御自宅に遊びに行かせていただく
機会をいただきました。
会話の中でMI医師は、
粉ミルクガン断食療法を支援していたと
聞き本当に驚きました。
後日の報道では
ある有名作家も効果を実感し、
メディアで推薦していたことや、
効果を実感した患者やその家族から
刑を軽くするよう嘆願書が
800通ほど大阪府警に提出された
ことなどが報じられていました。
民間療法や東洋医学って
本当に玉石混交で、
逮捕された人も、
効果を実感した人にとっては
「救世主」で、
信頼した結果、効果がなく
亡くなられたご家族にとっては
「人を騙して金儲けをする極悪人」
となります。
断食療法に限らず
「いい事ずくめ」などありえません。
何においても
長所も短所もあり、
合う・合わないは必ずあります。
現在では「断食療法」という表現を
使うか使わないかを除けば
同様の意味の
「プチ断食」「デトックス」
「ファスティング」などが特集されている
本はコンビニにも結構ありますし、
京都のある病院がアトピー改善目的で
減食療法を行っています。
私が高校生の時に起きた
「粉ミルクガン断食療法」事件は
藁をもすがるほどの苦しみをもつ人の心理、
民間療法の効果の再現性の程度、
常識とされるものの不確実性を
学ぶ最初のきっかけになりました。
高校の卒業が近づき、
大学進学も考えましたが、
身体に興味を持っていた
事と手先が器用だったことから、
最終的には
「鍼灸マッサージ師か、歯科技工士」の
どちらかを選択する事に絞ったんです。
どちらの道に進もうかと迷っていた時期、
プロ野球選手のKさんがひどい腰痛で
成績が落ち、引退も覚悟する程だった時、
口の中に噛み合わせを調整するものを
入れる事で結果的に腰痛が激減し、
成績が回復したと雑誌に書いてあるのを
読みました。
歯科技工士なら間接的でもに祖母のような
腰痛で悩んでいる人の役に立てるかも
しれない。
そう思い、
歯科技工士の道に進む事に決めました。
歯科技工士なら「人に直接触れる」と
いう事もありませんし(笑)
そんな理由で高校卒業後は、
歯科技工士の専門学校に進学しました。
料理は全くできない状態だったため
真剣に「脚気で死ぬかもしれない…」と
思い玄米ご飯に麦や餅粟、
大豆に黒豆などを入れた
ボゾボソのご飯を食べ、
勉強の邪魔だからという事でテレビも
置かない1人暮らしが始まりました。
ある程度、料理に慣れてからは、
マクロビオティック料理(玄米菜食)に
興味を持ったのもこのころです。
専門学校と歯科技工のバイトのみの生活が
3年続き、無事に歯科技工士の
国家試験にも合格したものの
ずっともやもやしていた事がありました。
それは当初の【動機】だった
「歯の噛み合わせを治す事で
身体の不調が治る」という事に
疑問がどんどん膨らんできたのです。
さらに当時の歯科技工士は
仕事中にアスベストを使用するのが
あたりまえでした。
就職しても
アスベストなどを使う勤務形態も重なり、
仕事への意欲そのものが、 だんだんと
しぼんでいってしまったんです。
歯の噛み合わせが
腰痛や肩凝りの原因になりうるか否かは、
歯科医師の間でも
意見が分かれていることですが、
現在の私の考えは
「【アゴの位置】は全身の筋骨格に
影響を与える場合があるものの、
【歯の噛み合わせ】は、
さほど全身の筋骨格に影響は与えない。
噛み合わせの問題よりも、
【歯を無意識に噛み締めてしまう癖】の
方が、よっぽど腰痛の原因になりうる」と
いう考えです。
息の長い一流アスリートでも
歯の編み合わせが悪い選手は
数多く存在しますし、
そもそも日本人の7割程は食事の折、
左側で噛むクセがある人が多いという事実、
インレー(詰め物)や
クラウン(被せ物)が外れて
その状態を放置している人が、
顕著に肩こりや腰痛に悩んでいることは
ないからです。
〈むろん、ケースバイケースですが〉
歯科技工士という
職業に悩んでいたその頃、何が原因に
なったかは忘れてしまいましたが、
小川先生の道場からも足が遠のき、
代わりに
様々な宗教、色んな気功団体
フリースクール
仮説実験授業等教育関係者、
多くの民間療法家や、
松下電器(現・パナソニック)の
産業医をされていた医師、
自然農法家、
玄米菜食普及団体
自然環境団体、
異業種交流会、
服飾デザイナー等々、
様々な分野の方に直接お会いして
刺激を受けて勉強することのほうに
興味が湧くようになっていきました。
さらにスタッフとしてお世話になっていた
有朋塾 ・現代中国語センターでは
魅力的な塾生の皆さんと
講師陣の方々との出会いがあり
さらに、
合わせて現代武道家、
古武道家、
中国武術家等との
ご縁をいただくように なっていきました。
それら
武道・武術の諸先生方とお付き合いを
させていただく中で、
合気柔術系の
先生方に稽古をつけていただく
機会もありました。
関節技を学ぶことで、
人間の正常関節可動域を
文字通り
骨身に沁みるまで学び(笑)
人の体に触れる事への心理的ブロックも
木っ端微塵に砕いていただき(笑)
また、
ナマな腕力(強弱・筋力)とは違う
「重みの伝え方」を
体で学ぶ事ができたのも、
武道家兼マッサージ師、
整体師、
カイロプラクター等の手技療法家の
方々とのご縁を頂いたお陰です。
今になって思い出せば、
私のこの仕事の
基盤はこの時期にあるように思います。
それから一念発起し、
京都のあん摩、マッサージ・指圧の専門学校を
受験・合格し、すぐに京都に来て
老人ホームでアルバイトをすることに
しました。
「人の体に触れる仕事」が
したかったからです。
当時は介護保険制度の施行前で、
今より設備は行き届いていませんでした。
2〜30分の講習とも言えない説明を
受けただけで、バイト初日から、
のべ数十人のオムツ交換や食事介助、
衣服の交換などをする
日々が始まりました。
知識も経験も何もない状態でしたが、
利用者さんに助けられ、
1日1日をこなしていく毎日が
始まりましたが、ただそこの施設は
住まいしているところから遠かったため、
専門学校入学後は
総合病院、
日本初のデイケアを導入した診療所、
指圧院などを掛け持ちでアルバイトを
しながら、日曜日は手技療法の講習会に
行くという日々が続きました。
そんな中、
精神的にもきつくなる事が起き、
頭の中はマイナス思考の堂々巡りばかり、
挙句に
体調が不安定になった時があったんです。
その時、
ある方の手技療法を受けたんですけども、
施術後に体がスッキリすると、考え方まで
変わっていた自分自身に驚きました。
そうすると、
周りまで変わっていったんです。
自分がまわりを変えたんじゃないんです。
体が変わると心まで変わる、
心が変わると周りまで変わる!ということを
実感したんです。
自分が多面的に物ごとを見る余裕ができると、
周りにも余裕が伝わって意思の疎通が
スムーズになっていったのです。
改めて身体を整えること、
身体の感覚を整える事の重要性を
感じとる経験をしたんです。
体の状態が良くないと、
心も不安定になりがちなケースは、
よく見聞きします。
「心を整えようと努力して、中々上手く
望む結果が得られなければ、
体からアプローチしてみると良い。」
今考えれば当たり前の事ですが
その時の
体で感じた感動は忘れられません。
現在の私は医師の同意のもと、
脳梗塞後後遺症の方、緩和ケアに
通院されている方、要介護の方、
パーキンソン病など
〈歩行困難な状態にある患者さん〉の
マッサージを医療保険制度を利用して
施術を行う事、またそのご家族様、
医師、医療介護関係者を実費で施術する
事をメインに仕事を行なっています。
自分も誰かの体を整えることで
その人の心が落ち着きを取り戻し、
「あの時の自分と同じ感動を伝えたい」
「患者さんの表情のその向こうに、
子供の時に見た祖母の笑顔を重ねてみたい」
そう思いながら、
日々楽しく仕事をしています。
これからも
たくさん失敗すると思います。
たくさん立ち止まると思います。
それでも、
この道を真っ直ぐに
進みたいと思います。
その経験の先に
「祖母のような笑顔」をまた見ることが
できると思っているからです。
最後まで読んでいただき、
ありがとうございます。
感謝しております。
三宅淳之 拝
〈私のAmebaブログ記事に追記転載〉